タグ: 慢心を戒める教訓

慢心を戒める教訓

  • イソップ寓話の教訓No.359 「猿の真似をした驢馬」

    自分の役割を理解する!

    ストーリー

     猿が屋根に上って跳ねたり踊ったりしていたところ、それを見ていた男は笑いながら褒めていた。

     翌日、驢馬が屋根に上り跳んだり跳ねたりしたところ、屋根を壊してしまった。

     男は屋根から驢馬を引きずり下ろし、怒鳴りつけながら棒で驢馬を叩いた。

     背中の痛みに苦しみながら驢馬がうったえた、

    「きのう、猿は私と同じことをして笑いながら喜ばれていたのに!」

     自分の役割を理解する!驢馬の役割は荷物を運ぶこと。猿のように道化の真似をしても失敗するのは当たり前。人も自分の役割を果たせば周りから認められるだろう。見栄や嫉妬で自分の役割でないことを演じてもリスクを背負うだけ。

    ◎男の視点では・・・
     驢馬には荷物を運ぶという本来の役割がある。猿のように跳ねて見せようとしても、身体的な特性や期待される機能が違うため、失敗するのは当然だ。人もまた、自分の役割を理解し、それを果たすことで周囲から認められる。見栄や嫉妬で他者の役割を演じようとすれば、痛みや損失を背負うことになる。
    ◎驢馬の視点では・・・
     しかし、その「役割」は誰が決めたのか?驢馬が跳ねたのは、猿のように認められたいという願いだったかもしれない。にもかかわらず、驢馬は「猿と同じことをしたのに」と訴えても、その声は無視される。これは、評価が主体によって変わる構造的不公平を示している。行動の背景や限界を見ずに、結果だけで裁く社会の縮図だ。
    ◎たとえるなら…
    これは、異なる靴を履いた者に同じ道を跳ねさせる試練のようなもの。猿はスニーカー、驢馬は鉄の靴。同じ道を跳ねても、負荷も結果も違う。それなのに「猿はできたのに、お前はなぜ出来ない」と叱るのは、構造を無視した裁きだ。
     あるいは、舞台の裏方がスポットライトを浴びようとした瞬間に叱られる物語とも言える。「君は照明係だ。ステージに立つのは役者だけだ」と言われる。でもその照明係は、心の奥でこう思っていた。「私にも、光を浴びる瞬間があっていいはずだ」と。
     「自分の役割を理解する」ことと、「その役割が公正に設計されているかを問い直す」ことは、両立すべきである。
     驢馬が跳ねたことは、単なる失敗ではなく、認められたいという声なき叫びだったろう。その声を聞き取ることが、社会の構造をより公正にする第一歩となる。

  • イソップ寓話の教訓No.349「ランプ」

    上には上がいる!

    ストーリー

    ランプがアルコールのしみ込んだ芯から炎を出して

    「星よりも明るく、いろいろなもの明るく照らすことができる」と自慢した。

    ところが風が吹くと、たちまち炎は消えてしまった。

    側にいた人が再び火をつけてランプに言った。

    「さあ、ランプよ照らしてくれ。そして黙るのだ。星の光は風が吹いても消えないぞ!」

    この物語の教訓は
    上には上がいるのだ。自分のいる狭い世界では一番だったとしても、外の世界にでれば更に優れている者はいるものだ。傲慢になってはいけない。

    ランプの画像
    ランプ
  • イソップ寓話の教訓No.348「狼の将軍と驢馬」

    現実の世界の卑怯者

    ストーリー

    狼の群れの将軍となった狼が皆のために法律を定めた。

    もし何か手に入ったら、すべて公にして、皆に公平に分配する、と。

    そうすれば、ひもじい思いで共食いがなくなるだろう、と言うわけだ。

    そこへ驢馬が通りかかり、たてがみを振りながら言った。

    「狼の将軍は素晴らしい法律を定めましたね。ただ、昨日おれは見たよ。権力によって得たものを、こっそり懐にしまっていましたね。それはどういう訳ですか。」

    悪事のしっぽをつかまれた狼は、しばらくの間「記憶にない」と、とぼけていたが、証拠を突き付けられると、あっさり認め謝罪した。そして、その法律を廃止した。

    多くの国民は少ない収入で生活をやりくりしているが、その国民を下に見るように横柄な言動を行い、本当は誰がみても黒なのに、白だと言い続け、間違いを認めない、そして正さない。悪事がばれると批判を浴び、口先だけの謝罪を行い、本意でないふりをする。
    権力を利用して人知れず懐を肥やす、現実の世界に存在する卑怯な人間がいる。

  • イソップ寓話の教訓No.331「犬と兎」

    惰性の取り組みは向上しない!

    ストーリー

    ある日、猟犬が茂みの中に入る兎を見つけた。

    猟犬は兎を捕まえようと茂みから追い立てたところ、兎は勢いよく逃げ出し、猟犬は全速力で追いかけた。

    ところが兎の方が足が速く、あっという間に逃げられてしまった。

    それを見ていた牧羊犬が言った。「お前は、それでも猟犬か?あんなに小さな兎がお前より速く走って逃げきったじゃないか。」

    それに答えて猟犬が言った。「おれは楽しみで追いかけたが、兎は災難から逃れようと全力で逃げたからさ。」

    惰性で取り組んでいては向上しない。全力で取り組む者と惰性で取り組む者では上達の質や速さが違ってくる。まして全力を出していなかったと言い訳するようでは。

  • イソップ寓話の教訓No.92「二匹の犬」

    苦労した経験は必ず役に立つ

    ストーリー

    犬を二匹飼う男がいて、一匹には狩りを仕込み、もう一匹は番犬にした。

    猟犬が狩りに出て何か獲物をとってくると、男は番犬に分け前を与えた。

    猟犬は腹に据えかねて番犬に向かって「おれが外へでて苦労して獲物をとっているのに、お前はのほほんとして分け前にあずかり、おれの稼ぎで贅沢三昧だ」と非難した。

    それに対して番犬が言うには「おれにそんなことを言ったって仕方ないだろう。主人に文句を言ってくれ!躾けられたとおりにしているのだからな」

    苦労した経験は自分にとって必ず役に立つことが必ずある。楽天志向を持ちましょう。

    二匹の犬の画像
    イソップ寓話の教訓No.92「二匹の犬」
  • 幸福感(世界の中の日本人)

    幸福感は人それぞれ!

    ストーリー

    世界のお金持ちが豪華客船に乗り合わせて船の旅をしていたところ、猛烈な嵐にあい船が沈みだしたので、乗客たちは船長の指示で海に飛び込んだ。

    幸いなことに、皆が無事に近くにあった島に泳ぎつくことができた。

    命が助かり、砂浜に座り込んでいたところ、神様が現れて、このように尋ねた。「あなた方はお金で幸福が買えると思いますか?」

    アメリカ人は「自由と民主主義があれば幸福です。他には何も望みません」

    ドイツ人は「ビールとウインナーがあれば幸福です。他には何も望みません」

    イタリア人は「ピザとパスタがあれば幸福です。他には何も望みません」

    日本人は「幸福が買えるなら売ってください。それから・・・領収書もお願いします」

    この物語の教訓は・・・
    幸福感は人それぞれ違いがある。