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慢心を戒める教訓

  • イソップ寓話の教訓No.383「二つの道」

    人生には「自由の道」と「奴隷の道」があります。あなたは、どちらを歩みますか?

    ストーリー

    その昔、神は人間に二つの道を示された。

    自由の道と奴隷の道だ。

    自由の道は、
    始めはうす暗く、ごつごつとして抜け出るのも難しく危険がたくさんあるが、最後には明るく開け、散歩道や湧き水にあふれ、辛酸の後の憩いに至る道だ。

    奴隷の道は、
    始めは花咲き乱れ目を楽しませるが、最後は抜け出すことが難しい、険しい道だ。

    教訓
    人生は甘くありません。いずれ自分の真の姿と向き合わなければならなくなります。謙虚に努力しましょう。

    二つの道の画像
    イソップ寓話の教訓No.383「二つの道」
  • 日本の昔話の教訓「金の椿」

    寛容さを持つ!

    ストーリー

     むかし、ある国に短気な殿様がありました。

     ある日、宴会が夜遅くまでつづき、宴席に居た奥方が思わずあくびをされたところ、大事な宴席で恥をかかされたと殿様は大変怒り、奥方を一人船にのせて島流しにされました。

     船は波に流されて、小さな島に流れ着きました。奥方は島人に助けられ、島の暮らしを送ることになったのです。


     間もなく、殿様のお子を産みました。その子は、島の子供と同じように育てられ十二歳になったころ、自分には父がいない訳を母に尋ねました。

     ことの次第を聞いた子供は、父に会いに行くといって、すぐに旅立ちました。

     やがて父のいる城の近くにくると、椿の花が咲いていました。子供は何を思ったか、その枝を折り、城の門の前で「金の椿はいらぬか」と大声で叫びました。

     その声を聞きつけた殿様が「その者を連れてまいれ」と仰せられ、家来が連れてくると、男の子が普通の椿の枝を持っているので「その方、このようなものを金の椿とふれ歩くのは、ふとどきものぞ!」ととがめました。

     男の子はそれに答えて「これはあたりまえの枝に見えますが、決してあくびをしない人が植えれば金の花が咲くのです!」

     殿様は「この世の中にあくびをしない者があろうか」と笑うと、男の子は「殿様は夜遅くの宴席であくびをされた奥方を島流しにされたではありませんか!」と言いました。

     殿様は、一時の短気で奥方を罪にしたことに気が付き、奥方を島から呼び寄せ三人で暮らしたということでございます。

    他人の些細な失敗や罪は広い心で許す寛容さを持つことが大切です。感情をコントロールして落ち着いていると信頼されます。

    金の椿の画像
    日本の昔話の教訓「金の椿」
  • イソップ寓話の教訓No.40「天文学者」

    ストーリー

    天文学者が夜ごと外に出て、天体観察を習慣にしていた。

    郊外まで足をのばし天体観察をしていると、うっかりと深い穴に落ちてしまった。

    大声で助けを求めていると、たまたま通りかかった男が声を聞きつけ、訳を尋ねた。

    ことの次第を聞いた男が、天文学者に向かって言うには・・・、

    「先生、空ばかり見ていないで、自分の足元もしっかりみるべきですよ!」

    教訓
    遠くにばかり集中していると、足元をすくわれ怪我をする。

    何処か遠くの場所に、見知らぬ地に、自分の欲するものがあると探し回る人がなんと多いことか。自分の立っている所を深く掘り下げてみよ。自分の足元にこそ、求めるものが埋まっていることに気づくべきだ。

    天文学者の画像
    イソップ寓話の教訓No.40「天文学者」
  • イソップ寓話の教訓No.18「漁師と鰊」

    ストーリー

    漁師が網を沈めて鰊を曳きあげた。

    鰊は命乞いして「私はまだ小さいので今日のところは逃がしてください!後になれば成長した私をずっと大きな獲物として捕まえることが出来るのです!」と頼んだ。

    漁師は答えて「今日、お前を逃がしてやったら、二度と捕まえることが出来ないだろうな!」

    たとえ小さい儲けでも、見込みに過ぎない大きな儲けよりましだ。

    ※類似教訓
    イソップ寓話の教訓No.4「ナイチンゲールと鷹」


    イソップ寓話の教訓No.97「仔山羊と笛を吹く狼」

    漁師と鰊の画像
    イソップ寓話の教訓No.18「漁師と鰊」
  • 日本の昔話の教訓「かぐや姫」

    どうにもならない事は運命として受け入れる!

    ストーリー

    一人の爺様が山で竹を伐って、器を作り、それを売って生計を立てておりました。

     ある日、爺様が竹を取りに行くと光る竹が見つかりました。伐ってみると中から小さな女の子が出てきたのです。

    かぐや姫の画像
    日本の昔話の教訓「かぐや姫」

     爺様は自分の娘として育て、美しく成長した娘は、光輝くほどの美しさという意味で「かぐや姫」と呼ばれるようになりました。

     また爺様の伐ってくる竹の中には、いつも黄金が詰まっていたので、貧乏から僅かのうちに長者になりました。

     成長したかぐや姫のもとには、お嫁さんにと大勢が訪ねてきました。かぐや姫は五人の金持ちに難しい問いをかけました。光る実のなる金の枝、金の革毛、龍の首飾り、仏様の鉢、つばめの子安貝。男たちは持ってきましたが、どれも偽物でした。

     秋が来るとかぐや姫は寂しそうな表情をするようになり、爺様が訪ねると、「私は月の世界からやってきました。次の満月の夜に月へ帰らねばならないのです」と告白しました。爺様は自分のもとからかぐや姫が去ることを悲しく思い、月の迎えから、かぐや姫を守ってもらおうと、都の侍に頼みました。

     しかし、月の迎えはまぶしく、侍たちは刀を振ることも、矢を射ることもできず、かぐや姫は月へ帰って行きました。

    どうにもならないことは、それを与えられた運命として受け入れるしかありません。
    求婚しても断られること、月へ帰ること、それらを変えることは誰にもできません。
    世の中には自分の力ではどうにもならないことがたくさんあるのです。だから出来ることは真剣に取り組むべきなのです。

    かぐや姫の画像
    日本の昔話の教訓「かぐや姫」
  • イソップ寓話の教訓No.15「狐と葡萄」

    都合の良い口実で正当化してはいけない!

    ストーリー

    喉が渇いた狐が、木に実っている葡萄を見つけて、取りたいと思った。

    しかし、木の高いところに房をつけているので、どうしても届かなかった。

    取るのをあきらめた狐が独り言で言うには・・・

    「ここの葡萄は、きっと酸っぱい。だれが食べてやるものか!」

    都合の良い口実で能力不足を正当化してはいけない。できない言い訳、出来た者に対しての嫌味や妬みは向上心がないことをさらけ出している。
    気によじ登ってでも葡萄を取ってやろう!という意欲を持ちたい。その必死さは嫌味や妬みを賞賛や応援に変えるだろう。

    狐と葡萄の画像(イソップ寓話)
    イソップ寓話の教訓No.15「狐と葡萄」
  • 日本の昔話の教訓     「古屋の漏り」

    見えない力の影響

     むかし雨の降る晩に、お爺さんとお婆さんが、話をしていた。お爺さんは「狼より怖いのは、古屋の漏りだ」と言った。 
     それを立ち聞きした狼は「この世には、俺より恐ろしい”もり”というものがあるらしい。油断がならぬ」と思った。
     そのころ、ちょうどこの家に入ろうとした馬盗人が、馬と間違えて狼の背中に乗った。狼は”もり”に捕まったと勘違いして、一目散に走って逃げた。
     馬盗人は振り落とされ、道端の井戸に落ちてしまった。

  • イソップ寓話の教訓No.459 「驢馬の覗き」

    責任転嫁を許す組織の構造

    驢馬の覗き

     焼き物師が仕事場にたくさんの鳥を飼っていた。
     驢馬が通りかかったが、驢馬追いがしっかりと追わないので窓から覗き込んだ。鳥はビックリして、室内を飛び回り、焼き物を割ってしまった。
     仕事場の主は驢馬追いを訴えた。
     驢馬追いが、向こうから来る人に罪状はなんだ?と聞かれ、それに答えた。「驢馬の覗きだ!」

     驢馬追いの「罪状は驢馬の覗きだ!」という答えは、責任を自分ではなく動物に押し付ける滑稽な言い訳です。これは、組織や社会でよく見られる「責任の所在を曖昧にする」態度への風刺でしょう。
     また、驢馬追いがしっかり追っていれば、覗きも起きず、鳥も驚かず、焼き物も割れなかった。つまり、予防的な注意を怠ることで、連鎖的に被害が広がる構造が描かれています。
     驢馬追いは管理責任を果たさず、責任を動物に転嫁した。この構造は、組織における役割と責任の不明確さを象徴しています。組織では、役割と責任が明確でないと、問題発生時に「誰のせいか?」という不毛な議論が起こり、根本的な改善がなされません。
     私が所属していた組織では、失敗事例を「発生原因の分析、再発防止策」の報告書として共有する文化がありました。しかし、残念ながら私には得心するところはありませんでした。責任の所在が曖昧で、原因分析も表面的なものが多く、再発防止策に至っては、根本原因を解決せず、構造的な対策を構築するものでもなく、マンパワーに頼るものが多く、持続性や再現性に乏しい印象を受けました。組織では問題の定義や報告の言葉遣いが、文化の成熟度や倫理観を反映しますし、責任を取るべき人が、言葉の定義を操作して責任を回避することは、組織文化の歪みの象徴でしょう。
     責任転嫁と責任者の責任回避をさせないために、どのような構造的アプローチが取れるでしょうか?
     まず、責任転嫁させない構造として、責任範囲を明文化し、誰が何を守るべきかを明確にするべきでしょう。こうすれば曖昧な責任領域を排除しやすくなります。
     次に責任者の責任回避をさせない構造として、事故分析において、言語の定義やフレーミングをチェックする仕組みを導入したり、透明性と誠実さを評価する文化を育てることが大事でしょう。
     あなたの組織では、責任の境界はどこまで明確ですか?

  • イソップ寓話の教訓No.453 「狼と羊飼」

    権限を持つ者のダブルスタンダード

    狼と羊飼い

     羊飼いがテントで羊の肉を食べている。それを狼が見つけ、近寄って言った。
     「俺が羊の肉を食べたら、お前たちは大騒ぎするくせに!」

     普段は「羊を襲う悪者」とされる狼が、今回はこう言います──「羊飼いこそが羊を食べているじゃないか」。
    そこには、ダブルスタンダードへの鋭い皮肉が込められています。 
     羊飼いは「羊を食べる」行為を正当な権利として行っていますが、狼が羊を食べれば違法・脅威とされる。これは、組織における「誰がやるかによって評価が変わる」構造を象徴しています。
     今でこそ、男性社員でも育児休暇を取ることは、一般的になってきました。しかし数年前までは、女性社員でも育児休暇を取ると「同僚に迷惑がかかる」と休みにくい雰囲気があり、結婚や出産を機に退職することが多かったことを記憶しています。まさしく、育児休暇制度も「会社が推進すれば正当な制度」とされます。
    しかし、個人が自ら取得を申し出ると『協調性がない』と見なされる空気が、確かに存在していました。
     この評価の非対称性は、権限を持つ者には甘く、権限を持たざる者に厳しい構造を助長することになります。
     組織内でのダブルスタンダードを防ぐには、「透明性」と「一貫性」を制度として組み込むことが不可欠でしょう。
     あなたの組織では「誰が言ったか」によって評価が変わっていませんか?その問いから、制度の見直しが始まるのかもしれません。

  • イソップ寓話の教訓No.394 「ライオンの子分の狐」

    役割と責任のバランス

    ストーリー

     狐がライオンの子分になって一緒に行動していた。
     狐が獲物を見つけライオンに教えると、ライオンは襲いっかかって捕まえる。取り分は、それぞれの働きに応じて分けていた。
     ところが狐は、ライオンの分け前が多いので羨ましくなり、狩の役をすることにして、羊の群れから一頭を襲おうとしたところ、狐が猟師の獲物になってしまった。

     狐とライオンの寓話は、「自分の力や立場を超えて欲を出すと危険に陥る」という教訓を示しています。狐は本来の役割を逸脱し、嫉妬からライオンの真似をして狩りを試みた結果、猟師に捕らえられてしまいました。

     この物語は、組織においても同様に「役割をわきまえ、責任に応じた分を守ること」が重要であることを教えています。組織では、リーダーの取り分が多いのは当然のことです。なぜなら、リーダーは「リスクと実行力」を担っており、成果配分は役割の重みと責任に応じて設計されるべきだからです。

     しかし現実には、肩書だけ立派で責任を負わないリーダーも少なくありません。そのようなリーダーが存在すると、高い給与や待遇は「リスク負担」「意思決定責任」の対価であるはずなのに、それを果たさないために組織全体に不公平感が生じます。部下は「この人は守ってくれない」と認識し、忠誠心や協働意欲を失っていきます。

     結果として、組織全体に不満が蓄積し、離職や士気低下につながります。また、上が責任を回避すれば、下も「自分だけ守ろう」と考えるようになり、組織全体が防御的・消極的になります。優秀な人材は離脱し、残るのは自己保身的な人ばかりとなり、組織は停滞と衰退に向かいます。
     
     この悪循環を断ち切るための対抗策は、「責任の範囲を見極めて、選び取る」ことです。全てを背負うのではなく、自分が本当に担うべき責任を明確にし、その範囲で誠実に果たす。これによって、自己保身者に利用される危険を避けつつ、組織における健全な責任の循環を取り戻すことができるのです。

     あなたは、すべての責任を背負う必要はなく、自ら選び取った責任を誠実に果たすことが重要なのです。

  • イソップ寓話の教訓No.368「川と牛皮」

    人生の荒波にもまれると人も柔らかくなる

    ストーリー

     川が自分の上を流れてゆく牛の皮に「お前はだれだ?」と尋ねた。

     牛皮は答えた。「多くの人から、丈夫な皮と呼ばれています。」

     川は流れで牛の皮を揉みほぐしながら言った。

    「別の呼び名を探すのだな!もうすぐお前はふにゃふにゃだ。」

    教訓
    人生の荒波にもまれると人も柔らかくなります。

    川と牛革の画像
    イソップ寓話の教訓No.368「川と牛皮」
  • 日本の昔話の教訓「化けくらべ」

    ある村に狐と狸が住んでいた。

    狸は「狐さん、どちらが上手に化けられるか比べようじゃないか?」と言った。

    狐は賛成し「明日、神社の境内で会いましょう!」と言って別れた。

    狐は「狸さんがいくら上手に化けるといっても、私にはかなうまい」と、得意の花嫁姿になって出かけました。

    神社の鳥居をくぐろうとすると、おいしそうに湯気が立っている蒸かしたてのお饅頭が置いてありました。

    狐は花嫁姿だったことも忘れ、お饅頭を口に入れようとしたところ、お饅頭が言った・・・

    「勝った!勝った!」

    教訓
    相手を甘く見てはいけない。念には念を入れて準備が必要ですね。

    化けくらべの画像
    日本の昔話の教訓「化けくらべ」