イソップ寓話の教訓No.72  「養蜂家」

無自覚な行動の末路

養蜂家

 養蜂家の留守中に、泥棒が小屋に入り込んで蜜と巣箱を持ち去っていった。
 帰ってきた養蜂家は、巣箱がなくなっていることに気づき、小屋の中を探し回っていた。
 そこへ蜜蜂たちが花畑から戻ってきて、この養蜂家の姿を見るや、一斉に針で攻撃した。それに対して養蜂家が蜜蜂たちに言った。
「なんてことをするのだ!俺はお前たちの巣箱を探していたのだぞ!」

 養蜂家は巣箱を探していただけなのに、蜜蜂からは「敵」と見なされて攻撃されました。ここから得られる教訓は、「自分は正しい」「相手は分かってくれるはず」という思い込みが、かえって危険を招くということです。

 ビジネスの現場でも同じような光景が見られます。善意や努力が必ずしも正しく理解されず、誤解が生まれてモチベーションを下げてしまうことがあります。信頼や情報共有がなければ、善意も悪意に見えてしまうのです。

 さらに厄介なのは、自分の行動が誤解される可能性に本人が気づいていない場合です。そのような無自覚な行動は、誤解の温床となります。人は自分の意図を「善意」として理解しているため、他人からどう見えるかを過小評価しがちです。同じ行動でも、状況や相手の立場によって「信頼」にも「不信」にも変わってしまいます。

 だからこそ、誤解を減らすためには透明性を確保し、誤解を前提にしたコミュニケーションを心がける必要があります。容易ではありませんが、この姿勢こそ組織や人間関係における信頼を育てる基盤となるのでしょう。

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