イソップ寓話の教訓No.25  「翡翠(カワセミ)」

構造なき安全と境界感覚

翡翠(カワセミ)

 カワセミは敵を警戒して、海辺の断崖に巣をつくる鳥だ。
 ある時、お産の近いカワセミが岬にやって来て、海に突き出た岩を見つけ、そこで雛を育てることにした。
 ところが餌を求めて出かけた間に、突風のため海が波立ち、巣が波にさらわれて雛を死なせてしまった。
 戻ってきたカワセミは事の次第を悟るとこう言った。
 「ああ、情けない!陸は安心できないので、海に逃げて来たが、一層信用できない場所だったとは!」

 陸の敵から逃れたはずの海。その静けさの裏に、別の脅威が潜んでいた。そもそも判断の根拠が「天敵からの距離」だけだったため、自然の力を見誤ってしまった。「断崖」「海に突き出た岩」は天敵との距離では安心の象徴だが、波という別種の脅威があったのだ。
 これは、組織がハラスメント対策として「隔離」や「異動」だけを行い、根本的な安全構造(通報制度、透明性、責任の所在)を整備しない場合と似ている。翡翠(カワセミ)が避難先にした海に突き出た岩は、構造的な検証(波の高さ、風の強さ、潮の満ち引き)なしの直感的判断だった。制度の運用実態、権限の流れ、そして沈黙が強いる圧力——それらを見抜かずに飛び込めば、波にさらわれるのは時間の問題だ。
 では、構造的安全が整っていない環境で生き延びるための暫定的な対策はどのようなことが考えられるだろうか。
■暫定的な対策として有効な力
・人間関係の微妙な変化、制度の揺らぎ、上層部の方針転換などを察知する力。
・信頼できる外部相談先、複数の部署との関係構築、情報のバックアップ。
・制度や人の言葉を鵜呑みにせず、実際の行動や履歴を観察する。
・断る力・相談する力・休む力を鍛える。
 このような環境では、個人の「予測力」「境界感覚」「逃げ道設計」が、自分を守る最後の盾となる。
 危険は、見ようとする者にしか見えない。そして、見えた者だけが、波の前に身を引けるのだ。

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