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沈んだ気持ちを和らげる教訓

  • 日本の昔話の教訓「藁しべ長者」

    自分の元手を人のために使うと何倍にもなって帰ってくる!

    ストーリー

    貧乏でどうにもならない男が、大和の長谷の観音様に参り、「どうか助けてください」と拝んでいました。

    そうしたところ、ある晩、夢に観音様が出てきて、言いました。

    「その方、前生の行いが悪かったので、この世で報いを受けているのだ。授ける福は無いのだが、あまりに不便なので、少しだけものを遣わすぞ!これからの帰り道、最初に手の中へ入ったものを賜りものと思って持ち帰れ。」

    男はその夢を観音様のお告げと思い、今日のお参りを最後にすることにしました。

    長谷の観音様の大門を出ようとするとき、どうしたことか、つまづいて転びました。起き上がりますと、手に一本の藁しべをつかんでおりました。「これが、あの夢の賜りものであるか、心細いことだ」と思いながら、門を出てきました。

    途中、一匹のアブが顔をのまわりをうるさく飛び回るので、藁しべで縛ると、アブは縛られたまま、ぶんぶん飛びました。

    そこへ参詣にきた牛車に乗っている子供が「あれが欲しい」と言い出したので、男はアブをあげたところ、お礼にミカンを三つ頂きました。

    また途中、今度は道の脇に休んでいる若い女がありました。若い女は「喉が渇いたので水を飲みたいが、このあたりに水はなかろうか?」と男に尋ねてきました。近くには井戸も見当たらないので、ミカンをあげたところ、三反の布を頂きました。

    また途中、今度は道に馬が横たわり、困っている武士がありました。武士は「馬が死んで、始末に困っている」と言うので、男は「私が引き受けて片付けましょう」と言い、一反の布と死んだ馬を交換しました。

    男はしばらく馬の側にいたところ、馬が目をあけ息を吹き返しました。男は、手元にある二反の布で馬具や餌などを農家から譲ってもらいました。

    翌日、馬に乗って京へ帰ってくると、一件の大きな家の主人が、「旅に出るのに馬がいるのだが、お金に不自由している。少しばかり田があるが、馬の代わりに取って作ってくれぬか?それから、この家も預けておくので、私が帰るまで自由に住んでよろしい」と言います。

    男は承知をし、譲られた田を耕し、一年ごとに暮らしが楽になりました。

    元の家主は、何年たっても帰ってこないので、この大きな家も自分のものとなり、長谷の観音様に感謝した、という話でございます。

    自分の元手を人のために使うと何倍にもなって帰ってくる。だが見返りを期待した行為は元本の損失を招くので注意が必要だ。また、強欲は身を亡ぼすことになるので厳しく慎みたい。

    わらしべ長者の画像
    日本の昔話の教訓「わらしべ長者」
  • イソップ寓話の教訓No.429「波を数える男」

    気持ちを切り替え時間を無駄にしない!

    ストーリー

    ある男が、波打ち寄せる浜辺に座って、波を数えようとした。

    数え損なって落胆し悲しんでいると、狐がやって来て言った。

    「どうして過ぎたことを悲しむのですか?そんなことは忘れて、今ここから数え始めるべきです!」

    教訓
    失敗は引きずらない。気持ちを切り替えて時間を無駄にしないことだ。人生は一度きり、自信をもって取り組めば不可能に思えたことも達成できると信じることだ。

    波を数える男の画像
    イソップ寓話の教訓No.429「波を数える男」
  • イソップ寓話の教訓No.414「牡牛と母ライオンと猪」

    被害者にならなければ本当の痛みがわからない

    ストーリー

    牡牛が眠っている仔ライオンを見つけ、角で突き殺した。

    母ライオンがやって来て、死んだ子供をみて激しく泣いていた。

    泣く母ライオンを遠くのほうで見ていた猪が言うには・・・

    「どれほど多くの動物が、お前たちに子供を殺されて、泣いていることか!」

    教訓
    被害者にならなければ本当の痛みがわからない。

    牡牛と母ライオンと猪の画像
    イソップ寓話の教訓No.414「牡牛と母ライオンと猪」
  • イソップ寓話の教訓No.405「一眼の巨人(キュクロプス)」

    最後の最後まであきらめるな!

    ストーリー

     誠実で、仕事熱心な男がいた。

     長い間、家族ともども安定した生活を送っていたが、あるとき極度の貧困に陥ってしまった。

     男は将来に絶望し、みじめに生きるよりは死んでしまうことを選んだ。自ら剣を手にして、人気の無い場所へ出て行った。

     しばらく行くと、とても深い穴を見つけた。中をのぞくと、そこには一眼の巨人が隠しておいた沢山の金塊があった。

     この男は、たちまち恐れと喜びで胸がいっぱいになった。しばらく茫然と立ち尽くしていたが、手にしていた剣を捨て、金塊をすべて取り上げると、家族の待つ家へ帰って行った。

     やがて一眼の巨人が穴に帰って来ると、金塊は見当たらず、剣がそこに落ちているのを見た。しばらく立ち尽くし、その剣を使って、自ら命を絶った。

    ※キュクロプス:ギリシア神話に登場する卓越した鍛冶技術を持ち、額に一眼を有する巨人

     人生の一寸先は闇だ。幸運の波に乗っていたかと思えば、突然不運に見舞われる。不運続きで捨て鉢になっていたが、突然幸運が降ってわいてくる。誰にでも思い当たることがあるだろう。最後の最後まであきらめないことだ。

     万策尽きたと思うな。自ら断崖絶壁の淵にたて。その時はじめて新たなる風は必ず吹く。(松下幸之助)

    一眼の巨人の画像
    イソップ寓話の教訓No.405「一眼の巨人」
  • イソップ寓話の教訓No.250「榛(ハシバミ)の木」

    ストーリー

    道端に生えた榛の木は、通りがかりの人たちに石を投げつけられるので、ため息をついて呟いた。

    「あー、毎年、実が生るから痛い思いをするのだ!」

    ※榛の木(はしばみの木):ヘーゼルナッツの木として有名

    良い素質を生まれ持つと妬まれる。だから時に無能を演じることも知恵である。
    周りが無能な者ばかりであると、こちらの能力も役に立たたなくなる。気持ちがさがるデメリットはあるが、上手くとけこむために周りに合わせたほうが得策なときもある。そしてそのような所から、さっさと立ち去れるよう、準備を始めるべきだ。

    榛の木の画像
    イソップ寓話の教訓No.250「榛の木」
  • イソップ寓話の教訓No.23「鶏と山うずら」

    ストーリー

    家で鶏を飼っている男が、よく馴れた山うずらの売り物に出会って、一緒に育ててやろうと買って持ち帰った。

    ところが鶏たちが突っついたり、追いかけましたりするので、山うずらは「種類が違うから仲間外れにされる!」と悲観していた。

    しかし、程なくして、鶏たちが喧嘩をし、血を流すまで離れないのを見て、独り言で言った。

    「鶏に突っつかれても、苦にならないぞ。あいつら同士だって容赦しないのだ!」

    平等な辛さなら、その辛さも我慢できる。

    鶏と山鶉の画像
    イソップ寓話の教訓No.23「鶏と山鶉」