不在者への責任転嫁
家柄を競う狐と猿
旅の道連れとなった狐と猿が、家柄を競い合った。
双方が言い合っているうちに墓地にさしかかると、猿は一点を見つめてシクシク泣き出した。狐がその訳を聞くと、猿はお墓を指しながら「ご先祖さまが解放した奴隷や使っていた奴隷の墓をみたら、泣かずにはいられない!」と言った。
それに対して狐は「好きなだけ嘘をつけばいい。生き返ってお前に文句を言うものは誰もいないだろうからな!」
この寓話は、虚栄心と欺瞞、そして「語れない者の沈黙」を利用した自己正当化を鋭く風刺しています。
組織や個人が、検証不能な過去を持ち出して自らの正当性を主張するとき――それは本当に正しいのでしょうか。
そんなときこそ、狐のような冷静さと懐疑の目が必要です。
退職者や不在者に責任をなすりつける場面を、あなたも目にしたことがあるかもしれません。
それは「語れない者に責任を押しつける」という、構造的な欺瞞の典型です。
このような責任回避が続くと、問題の本質は検証されず、構造的な欠陥は放置されます。
その結果、同じミスが繰り返され、信頼は崩れ、責任は空洞化し、組織は学ばなくなっていきます。
この悪循環を断ち切るには、まずミスを報告した人の勇気と誠実さを称える文化が必要です。
そして何より大切なのは、「誰が悪いか」ではなく、「どんな仕組みがそれを許したのか」を共に見つめ直すことです。
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