イソップ寓話の教訓No.459 「驢馬の覗き」

責任転嫁を許す組織の構造

驢馬の覗き

 焼き物師が仕事場にたくさんの鳥を飼っていた。
 驢馬が通りかかったが、驢馬追いがしっかりと追わないので窓から覗き込んだ。鳥はビックリして、室内を飛び回り、焼き物を割ってしまった。
 仕事場の主は驢馬追いを訴えた。
 驢馬追いが、向こうから来る人に罪状はなんだ?と聞かれ、それに答えた。「驢馬の覗きだ!」

 驢馬追いの「罪状は驢馬の覗きだ!」という答えは、責任を自分ではなく動物に押し付ける滑稽な言い訳です。これは、組織や社会でよく見られる「責任の所在を曖昧にする」態度への風刺でしょう。
 また、驢馬追いがしっかり追っていれば、覗きも起きず、鳥も驚かず、焼き物も割れなかった。つまり、予防的な注意を怠ることで、連鎖的に被害が広がる構造が描かれています。
 驢馬追いは管理責任を果たさず、責任を動物に転嫁した。この構造は、組織における役割と責任の不明確さを象徴しています。組織では、役割と責任が明確でないと、問題発生時に「誰のせいか?」という不毛な議論が起こり、根本的な改善がなされません。
 私が所属していた組織では、失敗事例を「発生原因の分析、再発防止策」の報告書として共有する文化がありました。しかし、残念ながら私には得心するところはありませんでした。責任の所在が曖昧で、原因分析も表面的なものが多く、再発防止策に至っては、根本原因を解決せず、構造的な対策を構築するものでもなく、マンパワーに頼るものが多く、持続性や再現性に乏しい印象を受けました。組織では問題の定義や報告の言葉遣いが、文化の成熟度や倫理観を反映しますし、責任を取るべき人が、言葉の定義を操作して責任を回避することは、組織文化の歪みの象徴でしょう。
 責任転嫁と責任者の責任回避をさせないために、どのような構造的アプローチが取れるでしょうか?
 まず、責任転嫁させない構造として、責任範囲を明文化し、誰が何を守るべきかを明確にするべきでしょう。こうすれば曖昧な責任領域を排除しやすくなります。
 次に責任者の責任回避をさせない構造として、事故分析において、言語の定義やフレーミングをチェックする仕組みを導入したり、透明性と誠実さを評価する文化を育てることが大事でしょう。
 あなたの組織では、責任の境界はどこまで明確ですか?

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