トルストイ民話の教訓「人間はなんで生きるか」

人間に与えられたものは何か、人間に与えられていないものは何か、人間はなんで生きるか、トルストイは答えています。

あらすじ

 神様から罰を受けた天使が地上に下ろされ、「次の三つの言葉がわかったら天へ戻るが良い」と言われた。 人間に与えられたものは何か、 人間に与えられていないものは何か、人間はなんで生きるか。
 地上に降りた天使が教会の隅で裸で座っていると、ある靴屋に助けられ自宅へ連れて行かれる。そこで、これらの言葉の意味を知ることになる。

ストーリー

 ある靴屋が女房や子どもたちと一緒に百姓屋の一間を借りて住んでいた。この靴屋は靴を作ったり直したりして暮らしを立てていたが、少ない稼ぎのほとんどは食費に費やされるしまつであった。ある時、靴屋の手元に僅かばかりのお金がたまったので、村の百姓から掛取りしたお金と合わせて外套につける羊皮を買おうと村へ向かった。

 ところが、どこの百姓も金に困っていて掛取りがうまくいかず理由をつけて金は払わなかった。そこで靴屋は考えて、手持ちの金と足りない分は掛けにして羊皮を買おうとしたが、掛けでは皮屋が承知しなかった。靴屋は気晴らしにウオッカを飲んでしまうと羊皮は買わずに家路についた。

 帰り道、礼拝堂の後ろに何かが見えたので近寄って見ると、裸の男が座っていた。靴屋は薄気味悪くなり通り過ぎてい行ったが、その男がじっとこちらを見ているような気配を感じた。靴屋は「人が災難にあっているのに、見て見ぬふりをするのか。良くないことだ」と自分自身に言うと踵を返し、その男の方へ向かっていった。

 壁にもたれたまま目をあげることもできないほど弱っていた男に靴屋は自分の服と靴を履かせた。きっと何かわけがあるに違いないと思い、自分の家へ連れて帰ることにした。帰り道、靴屋は「外套を買いに出かけたのに、それを買えずに裸の男を連れて帰るとなると、女房はさぞ文句を言うだろうな」と考え気がふさいできた。

 靴屋の女房が家で帰りを待っていると、入り口の階段のきしむ音とともに靴屋と見知らぬ百姓らしき男が入ってきた。靴屋の息が酒臭いのを感じ、《外套を買うお金をこのごろつきと一緒に飲んだ挙句、のこのこ引っ張って来たに違いない》と考え、胸が張り裂けそうになるのだった。女房は二人がどうするかじっと見ているままだったので、靴屋は言った「早く晩飯の支度をしてくれ」。

 女房は腹を立て「酔っ払いに食べさせる物などないよ」と言っていたが、靴屋から事の顛末を聞きながら、ごろつきの方を見た途端に怒りは消えてしまった。そのあと食事を与えて話をしたが、身の上は明かさなかった。翌朝、靴屋が名前を尋ねたところ「ミハイル」と名乗った。靴屋はミハイルに靴の作り方を教えた。覚えが早く三日目にはずっと靴屋をしていたように働きはじめた。 
 一年もたつとミハイルの靴は評判になりそこら中から注文が来るようになった。

 ある日、見るからに立派な旦那が靴屋の家へ入ってきた。旦那は革を見せながら言った「この革で私の足に合う靴が作れるか?一年くらい履いても形の崩れない、縫い目の切れない長靴が必要なんだ!出来るなら引き受けて革を裁て。できないなら断って、革に手を付けるな。一年たっても切れもせず、形も崩れなければ、お前に工賃を払ってやる。」靴屋がこまってミハイルを見ると、ミハイルはうなずいて見せた。靴屋は注文を受けることにして、足の寸法をとった。

 ミハイルは靴屋に言われるまま、革を裁ち始めた。靴屋と女房はミハイルの革の裁ち方が注文通りの靴を作るための裁ち方では無いので変だと思いながらも、口出しをしなかった。しばらくすると一足のスリッパが縫いあがった。靴屋は声をあげた。「ああ、どうしたことだ。今まで一度も間違いをしたことは無かったのに。なんと言い訳したらよいだろう。」

 突然、誰かがドアを叩いた。窓の外を覗いてみると、さっき靴を注文した旦那の下男だった。下男は言った「旦那が急死したので靴の代わりに死人に履かせるスリッパが欲しいと奥さんから言われ、使いに来たんだ」。ミハイルは出来上がっていたスリッパを包んで下男に渡した。

 またある日、女が子供二人を連れてやって来て言った。「春になってから、この子たちが履く靴を作ってほしい。」二人の子供はよく似ている女の子だったが、一人の方は左足が不自由であった。
 女の話によると、この子たちは実のこどもでは無いと言う。隣どうしで住んでいた身寄りのない百姓の家で、父親は伐った木に押しつぶされて亡くなった、その週に生まれた双子なのだと。母親は貧乏で死んでしまったが、死ぬときに一人の子の上に転がり、片足を圧し曲げてしまったのだと。女には生後8週間になる男の子がいたので、二人の女の子を引き取り一緒に育てた。実の子供は二つで亡くなり、その後は子供を授かることは無かった。

 しばらく話したあと、女は帰っていった。靴屋がミハイルを見ると、ミハイルは上の方を見ながらひとりでニコニコ笑っていた。靴屋は側へ行き「ミハイル、どうしたのだね?」と声をかけると、ミハイルは立ち上がり靴屋と女房にお辞儀をして言った。「私が受けてきた罰を神様はおゆるしくださいました。私は神様の三つのお言葉がみんなわかりました。」

 一つ目は靴屋のおくさんから、二つ目はお金持ちのお客が靴を注文した時、三つ目はあの二人の女の子を見た時にわかったのです。靴屋は尋ねた「ミハイル、お前は何の科(トガ)で神様の罰を受けたのだい、神様のお言葉とはどんなものか私の教えておくれ。」
 ミハイルは言った「私は天にいる天使でした。神様に一人の女の魂を抜いてくるように言われ下界へ下りて来ると、一人の女が病気で寝ていました。ちょうど女の双子を生んだところだったのです。女は私を見ると、神様が魂を召すために使わせたと思い、こう言ったのです。『天使さま、私の夫は木に打たれて亡くなったばかり、私は身寄りがなく、この子たちを育ててくれる人がいません。ですから私の魂を持って行かないでください。』そこで私は神様の所へ帰り、こう申し上げました。『父親も母親もいなくては子供は育ちようがありません。その母親から魂をとってくることはできません。』

 神様がおっしゃるには『行け、そしてその母親から魂を取れ。そうすれば三つの言葉がわかるだろう。人間の中にあるものは何か、人間に与えられていないものは何か、人間はなんで生きるか。それがわかったら天へ戻るが良い。』
 私は地上に降り、その母親から魂を引き抜いてしまったのです。母親の死骸は転がって一人の赤ん坊を圧しつけ、その片足を曲げてしまったのです。私は取った魂を神様のところへ持っていこうとしたところ、急に風が起って翼が吹き飛び地面に落ちてしまい、魂だけが神様のところへ昇っていったのです。」

 近くに礼拝堂があったので入ろうとしたのですが、鍵がかかっていて入ることができません。仕方なく礼拝堂の脇に隠れいていたところ、一人の男が「この冬の寒さをどのように凌いだらよいか、妻子をどのように養ったらよいか」とぶつぶつ言いながら歩いているのです。
 私は飢えと寒さで死にそうだが、自分や女房の着る毛皮のことや、家族に食べさせるパンの事ばかり考えている人がいる。この人は自分のことを助けることが出来ないのだ。私のことをみると眉をひそめ、恐ろしい顔になり、通りすぎていったのです。
 ところが戻ってきたではありませんか。通り過ぎる時には死相が現れていたのに、戻ってきたときは生き生きして、その顔に神さまの姿を見たのです。その人は私に自分の服を着せ、家へ連れて行ってくれました。

 家では一人の女が迎えにでて、なにやら言い始めました。その口からは死の息が漏れ、呼吸もできないくらいでした。ところが、私を連れてきてくれた男が神様の事を思い出させました。すると女はがらりと人が変わって、ご飯を食べさせてくれました。女の顔から死相が消え、生き生きとしていたのです。私はその女の中にも神様を見たのです。

 「その時、神様の第一のお言葉『人間に与えられたものはなんであるかを知るだろう』とおっしゃった言葉を思い出しました。そして人間に与えられたものは愛であることを悟りました。

 私があなた方と暮らすようになって一年たったある日、一人の人が来て一年の間は形も崩れず、縫い目もほころばない靴を作ってくれと注文しました。私はその人の後ろに死の天使が見えたのです。今日の日が沈まぬうちに、この人の魂が召されることを知ったのです。
 そこで考えました「この人は一年先のことまで準備しているが、今日の夕方まで生きていられないことを知らないのだ。」そして神様の第二のお言葉「人間に与えられていないものは何か」という言葉を思い出しました。

 今、私は人間に与えられていないものはなんであるかを知りました。「人間には自分にとって何が必要かということを知る力が与えられていないのです。 」

 天使は神をたたえる歌を歌い始めた。その声で小屋は震え、天井は裂けて、一本の火柱が地面から天まで炎々と立ちのぼった。みるみると天使の肩に翼が生え、天に昇ってしまった。

 やがて靴屋が気づいたときには、小屋は元どおりになっていて、彼の家族以外には誰のすがたも見えなかった。

教訓
人間に与えられたものは愛であること 。人間は 今の自分にとって何が必要かを知ることが出来ないこと。人間は人を必要とし、人から必要とされることで、生きることが出来る、とトルストイは答えています。


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